「愛人」 その5








六義庵歳堂




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モンテフェールの家系は世紀まで遡ることができる、



その祖先は、イタリア、ベルガモの一介の領主にすぎなかった、皇帝派の敬虔なカトリックであったモンテフェール家はコルネッロの丘の中腹にあるその居城に奇妙な高い塔を建立し、一族は領民のみならず付近の領主からも「塔の民」という呼称で何世紀にも渡って呼ばれ続けてきた、その塔の姿は、いまも、モンテフェールの紋章に姿を残している、



そして、
その一族の巨万の富も、この奇妙な塔から始まっている、



4代目の当主、フランツは、決まって毎朝、一族の信仰のシンボルであるこの塔から領地を見下ろしてはモンテフェールの永久(とわ)の繁栄を祈るのを日課としていた、

その朝も、いつものように祈りを終え塔から見渡す眺めをしばし愉しんでいたフランツの耳を、突然衝いたのは司教に宛てた手紙を携えて城を出る馬車の車輪の激しく軋む音と馬の勇ましいいななきだった、

馬車はすさまじい速度で、まだ朝もやの漂う領地を駆け抜けていく、その雄雄しくも美しい馬の姿に当主は目を細める、フランツは前速力で駆けたあとの少し汗が浮かぶ馬の充実した肉付きを想い出していた、事実、フランツの自慢は手塩にかけて育てたツヤツヤと黒光りのする毛並みの駿馬たちだった、

代々、モンテフェール家は、駿馬の飼育と調教に秀でていたのだ、

その時、ふいにフランツに天啓が舞い降りる、それは「塔の民」と呼ばれ続けた一族が、コルネッロの山奥から世界へ舞い降りる唯一の方法であり、我が一族、領民に未だ見たことのない富と冒険をもたらす「天啓」だった、、、

フランツの考えは画期的で、しかも間違いはなかった、その天啓というのは、モンテフェール家自慢の馬を駆使して、独自の馬車のリレー方式によって極めて敏速な一種の郵便網を世界に築くというものだった、

フランツの脳裏には、自分でも驚くほど、次から次へとはっきりとした「プラン」が浮かんできた、フランツは、ついに我が一族に神の啓示が降りたのだと確信した、

フランツはナイトシャツの裾をひるがえし、城中に響き渡るほどの歓呼の雄たけびをあげながら塔を駆け下り、夫妻の寝室にまだ横たわる身重の妻のもとへ駆けつけると、夫の勢いに目を丸くして小さな叫びをあげて飛び起きた妻のその顔中に嵐のような接吻を果たした、妻はついに夫は気が狂ったかと訝った、実際、木綿のナイトシャツ一枚で雄たけびをあげる長身痩躯の夫は気が狂った田園の案山子を思わせた、

しかし、しだいに落ちついた枕元の夫の上機嫌にも安心して、妻は優しく、フランツの寝起きの乱れた髪を撫でながら目で何があったのかを夫に促す、、、神の声を聞いたのだ、、モンテフェールがついに塔を出る日が来た、、、フランツは髪を撫でられながら、妻の生命を宿した腹部に丁重に祝福のキスをした、、、良い子を産んでくれ、この子は歴史に名を残すだろう、、、



それからのフランツは寝食も忘れ、「計画」に没頭した、居城の一室には、イタリア全土の地図が広げられ、領地の鍛冶屋、木工職人など、ありとあらゆる職人が召集され、必要に応じてはミラノの職人、学者たち、縁続きの各地の貴族や司教たちをも招聘し、モンテフェールは新たな事業のための工房と作戦室を城に設けた、


フランツの目が利いたところは、12世紀にあって、「情報」を誰よりも早く握った者が勝者になるということに早くから気付いたところにある、フランツは、中継点となる街に駅や厩舎を設け、先ず、イタリア全土を手始めに独自の「郵便網」を築き上げた、フランツの意志は代を経ても強固に引き継がれ、やがて15世紀にはモンテフェール家は、ハプスブルグのお膝元、オーストリア西部、インスブリュックまでその組織的な郵便網を広げていった、



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フランツが執拗にスピードに拘った「教え」は代々の掟として引き継がれていき、モンテフェールの自慢の駿馬とともに馬車を操る者にも速度を緩めることを決して許さなかった、託された手紙や荷物は、全速力で中継地点に到着するやいなや、次の御者の馬車に即座に積み替えられ、また砂埃を上げて次の中継地点へと駆け抜けていった、その苦役は多くの御者や馬に犠牲を強いたが、それでも「速度」が優先された、しかも道中では荷積をねらう盗賊の襲撃に犠牲者を出すこともままあり、モンテフェールの馬車はいつしか苦難を自ら強いるという思いを込めて、領主によって赤く塗られるようになった、

モンテフェールの目論見は功を奏し、その速度と、網羅する地域の広さで、高額な料金にも拘わらず、しだいにヨーロッパ中で評判を呼び始めた、



最初の大きな幸運は、ハプスブルグ家の親書の配達を請け負ったことによる、モンテフェールは周到にも代金を受け取らなかった、ハプスブルグの覚えを得たモンテフェールは、抜け目無く、ハプスブルク家の庇護の下で貴族や諸侯、役人、商人の依頼を独占し、モンテフェール家には巨万の富が流れ込みはじめた、そして、ハプスブルグの轍に倣って、バイエルンの王族との婚姻を結び、当のハプスブルクとも縁続きとなり、ついにはモンテフェールは、伯爵に叙せられるまでにのしあがった、




モンテフェールは、こうしてヨーロッパ大陸の「情報の運河」を、
抜け目なく3世紀にわたって独占し、
富と一族の栄誉を築いていった、



貴族の称号を得て、次にモンテフェールは神聖ローマ皇帝に取り入ることに専念した、皇帝からは、首尾よく事業の独占と、世襲の権利を与えられるが、一説には「郵便事業」で得た機密文書を使ってのやんわりとした脅迫が効いたといわれている、
「郵便事業の旨み」に国家が気付くまでの3世紀余りに渡ってベルギー、フランス、ドイツ全域、からイタリアの南端まで、ヨーロッパの要所を結んだ「情報網」をモンテフェールという一家族が独占し続けていた、
その後、モンテフェールは莫大な金額で「郵便事業」を国家に売り渡すが、その背景にはやはりモンテフェールの掴んでいた「情報」がものをいったといわれている、それ以降「郵便事業」そのものは近代化されていくが、その本質を理解していたのは、むしろモンテフェールだったといえるだろう、


その情報の「運河」を司るモンテフェールの元には世界の秘密というものが労せずして向こうから飛び込んできた、モンテフェールがそれを見逃すわけがない、バッキンガム宮殿を凌ぐといわれた贅を尽くした新しい宮殿には、100人あまりの司書が24時間体制で機密文書を書き写す「図書室」と呼ばれる情報部隊が組織され、とくに暗号化された機密文書を解き明かす解読技術については突出したものを持っていたという、
モンテフェール家には、いまでも歴史の闇に葬られた事実が、その書庫の奥深く仕舞いこまれていると言うもっぱらの噂だった、事実、そうであるには違いない、しかし、現在にいたるまでモンテフェールは、歴史学者の執拗な要請にも拘わらず、それを一切、公表していない、



モンテフェールは、18世紀半ばまで、ヨーロッパの通信網を独占してきた、
モンテフェールは、その富にあかして贅をつくした城を数多くヨーロッパの各所に残している、
モンテフェールは、いまもマルタ騎士団の一員にその名を連ねている、
モンテフェールが発行した「切手」は、いまも蒐集家の垂涎の的として高値で取引されている、


この、中世からヨーロッパ大陸の秘密と情報の行き先を握っていた一族は、その歴史のなかでヨーロッパ各所に散らばり、闇のなかで宗教と王族に結びつく決して表舞台には現れない結社を結んでいるとの噂だった、

そして、モンテフェール家には4代目当主による「教え」が今も代々引き継がれ、その「教え」に従って各地に散らばった一族は動いているということだった、その活動は、表からは文句のつけようのない財団の名前に隠れているが、その「金」の流れと人材育成を分解していくと何らかの世界秩序を意図していることが分かってくる、


「世界秩序」、
戦後20年を経た1960年代半ばに、ひとりのジャーナリストがモンテフェールの戦後の動きに注目し、
ドイツの左翼系新聞に、連載を書き始めた、
それは、極くマイナーな新聞の極く小さなコラムであったが、
3回目の連載の代わりに、これも目立たぬ程度に突然の連載休止の知らせと、
執筆者が不幸な交通事故で逝ったことへの哀悼の辞が載せられた、




それは、極く小さな「面積」であったので、その不自然さに気付く者はいなかった、例え、それに「運良く」目を止めたとしても、たった2回の連載では、筆者が何を明らかにしようとしているかは憶測できなかったろう、
ちなみに、その文学好きと推測される著者はコラム連載にあたってペダンチックな匿名を選んでいる、U・l・y・s・s・e・s、、、ユリシーズ、、、
そろそろ、この「謎」の言葉に触れる頃合だろう、



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マンゼルは、一葉の写真を俺に差し出した、
それは、とっくに過ぎ去った時間を閉じ込めた俺にとっては他人の人生の破片にすぎなかったが、マンゼルはまるでお前の運命を示すタロットだと云わんばかりに大業なしぐさでそれを俺の目の前に突きつけた、

そのモノクロの写真が撮られたのは随分遠い時間のようだった、

そこには、幸せそうなカップルが舟遊びに興じる姿が映っていた、
水面(みなも)の煌(きらめ)きを受けて眩しそうに笑い合う二人、恵まれたこの若者たちにとっては、人生もまだ美しい樹々に囲まれた公園のこの池の波のように穏やかで少し退屈なものと信じられたろう、

その写真はいささか年を経て退色はしているものの、いまだにピンと角を張っていて、どこかで大切に保管されていたものだとは察しがついた、


「モローさん、この顔に見覚えはございませんか?」

その言葉に促されて、俺はもう一度写真に目を凝らす、男も女もいかにも苦労を知らない良家の若者であるらしいことは、くだけた遊び着だが上等そうな服と手入れの行き届いた髪の毛や指先、何よりカメラに向かって笑う、その曇りのない素顔がもの語っていた、

黄金の肌を輝かせるハンサムな若者と健康的な美貌に恵まれ、しかしまだ自分の美しさには気づいていそうにない少女、

少女の方には見覚えがなかったが、若者の笑う表情のどこかに覚えがあった、

記憶はしだいに焦点をあわせ確信へと結びついていく、しかし俺が思い浮かべた人物とその若者には測り知れない屈折した時間の距離があるように思えて、それが俺の沈黙を守らせた、

マンゼルは、躊躇する俺の心を見透かしたように、冷酷な笑みを浮かべるとさっそく「答え」を宣言した、

「そうです、モローさんがお気づきのように、その若者はモローさんが<ご存知の>ムシュー アンリ・グリエです、」

「そして、その可愛いらしい女の子は、こちらにいらっしゃるマダム アンヌ・ド・モンテフェールでいらっしゃいます、」

俺は驚いて顔をあげた、マンゼルの「宣言」に窓際で、アンヌ・ド・モンテフェールが身を守るようにビクっと椅子の上で身体を竦(すく)めるのを感じた、


「驚かれるのも無理はありません、ただ、ムシュー グリエとマダムが幼馴染だったわけじゃありません、その写真の若者は、実はマダム アンヌのご主人となられたムシュー クロード・ド・モンテフェール大佐、その人でもあります、」

俺は、思わずマンゼルの顔を見上げた、そして、窓際のアンヌ・ド・モンテフェールに視線を移した、
マンゼルは相変わらず、慇懃無礼な無表情を崩していなかったが、マダム・アンヌは、まるで羽を毟(むし)られた小鳥のように窓辺で小刻みに震えている、、、



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「モローさん、私は先ほどお伝えしたはずです、貴方は、クロード・ド・モンテフェール大佐、その人にお会いになっているはずだと、、、」

「しかし、どうして、、、」 

どうして、、、グリエは、いや、大佐はマキザールのグリエを名乗らなければいけなかったんだ、、、俺は、ふいにリーヌのことを思い出して、身を固くして震えているアンヌ・ド・モンテフェールを見つめ直さざるを得なかった、

あの日、グリエはアルジェリアにこれから一人で発つと、突然、俺のアパルトマンを訪ねてきた、「お前に預けたいものがある、」そういってリュックから、あの18巻の「ユリシーズ」を大事そうにとり出した、









































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# by rikughi | 2009-04-29 00:59 | 「愛人」 Ⅴ