「男の躾け方」 4 捨てる



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今はただ 恨みもあらじ 諸人の いのちにかはる わが身と思へば」
( 別所長治 、23歳の辞世の句)




「捨てて、生かす」



それは、不幸な社会のせいかも知れないけれど、鬱気味の人や、あまり幸せそうでない人を見るにつけ、いまの人は「捨てる」のが下手になったと思う。

誤解を恐れずにいえば、元来、日本の文化は「捨てる」ことに長けていたはずだ。
モノは大切にしたが、自分は、潔く「捨てた」。

「捨てて、生かす」というコツを、日本人は知っていた。

「捨てて、生かす」、この意味は、真剣による斬り合いを想像すれば分かる。

本物の日本刀を、実際に手にとってみると分かるが、普通の人は、その美しさよりも、先ず、恐怖感を覚えるはずだ。そして、真剣で、モノを斬るというのは、怖い。

その真剣で、自分が誰かと斬り合いになったとして、先ず、浮かぶのは自分が斬られるのではないかという恐怖感である。斬られると血は噴出すのだろうか、とか、或いは、誤って自分の剣で、足でも傷つけたりはしないかとか、とても、敵と戦うどころではない。

そのとき、剣豪と呼ばれる者は、先ず自分を「捨てる」。
別段、斬られても、死んでもかまわない。空気のように自分が無いものと思う。自分が存在しないから、恐怖もない。ただ、相手を斬ること、或いは、美しく立ち回ることのみを想い、念じる。

「無我」というのは、戦場にあって、自分を生かす術なのだ。


人を「斬る」というのはブッソウだから、唐突だが、人を「幸せにする」と置き換えてみよう。


「斬り合い」の例えをなぞると、幸せになれないのは、自分のコトばかりを考えているからだと、いうことになる。  男に魅力がなくなったのも、そのせいだろう。



「人の魅力」



は、自分の都合を考えすぎると迷う。 判断が澱む。 卑しくなる。
(このことに、早くから気づいたのは東洋思想ではないだろうか。)


大概の幸せは「関係」で成り立っている。「恋愛」も「家族」も「仕事」も、「関係」で、心地良い関係を維持できたとき、人は少し、幸せを感じる。


ところが、バカな私は、自分のことばかりを、苦しく考えている。そんな、汲々とした男と、貴方は付き合いたいと思うだろうか
女の人は、察しが良いから、この人には人を愛せないと離れていく。
あなたも、関係そのものが成り立たないから、私とは、それなりの距離を持ち始める。誰とも、その程度の付き合いになるから、私は、誰からも、期待をされなくなる。悪循環で、私はまた自分について思い悩むことになる。


ヨク、自分を見つめ直し、自己の内面を充実させ、とか言うけれど、あれほどの嘘っぱちもない。それは、社会を知らない、未成熟な人の言うことだ。


考えてみれば、当たり前のことだと気付くが、人の内面が磨かれ、充実するのは、様々な体験と、経験から得た知恵によるもので、実際の経験に基づかない「情報」では人は充実しない。

「知恵」と「情報」は違う。書物や人が与えてくれる「知識」と、自ら苦く味わう「経験」では養分が違う。

人が成長するということは、能動的なように見えて、実は極めて受動的で、「磨く」というよりは、「磨かれる」部分が大半を占めていると思う。



これは、ソコソコ、生きていると実感するが、人生において、自分というのは、単にこの「関係」のなかでの、一人の登場人物にしか過ぎない。自分を思い煩うよりは、人と接し、思い、幸せにする事を考える方が、実りが多く、悩みも少ない。 自己を探求しても、幸せにはなれない事に、なっている。



では、どうすればいいか。意外に簡単なことです。 



その壱 「捨てる。」
悩みというのは、大体は自分のことだから、自分のことを考えていないとき、自分がないときは、悩まないし、心が楽になる。
それに、どう生きるべきかを思い煩わなくても、この世の中は、どうにか生きていけるようなしくみにはなっている。

では、どうすれば、自分のことを考えないようにできるのか。 これも、簡単なことで、自分のことの代わりに、他人のことを考えればすむ。
誰かを喜ばせること、幸せにすることを考えれば良い。



その弐  「生かす」
コツは、自分の事を考えるぐらい深く、人のコトを考えることだ。

人は、自分のことはカワイイ。得をしたい、損はしたくない。それと、同様に他人の得と損、思いを考えてあげる。邪念を捨てて。これは、相手には魅力だと思います。

是非、こういう人とは付き合ってみたい。

ホラ、私はモウ貴方と、会ってみたいと思っている。そのうち、私は、そんなにしてくれる貴方のために、何かできないかと考える。「信頼」が生まれる。「関係」が生まれる。

「真理」は、いつも簡潔で潔い。 だが、簡単なだけに、出来る人と出来ない人に分かれるのも事実だ。

これは、煙草や、お酒を止めるのに似ている。要は、自分が飲まなければ済むことだが、色々と理屈をつけて、失敗する。だから、失敗すれば、また挑戦すれば良い、と考えるぐらいでよいと思う。つまり、習慣のものなのだ。



冒頭の句は、播磨国三木城主であった別所長治の辞世の句。秀吉の1年半にも及ぶ壮絶な兵糧攻めにあい、最後は、城兵、領民の命は助けてもらうことを嘆願し、それを条件に、自ら開城し、切腹自害した。享年、23歳だったという。

、、、戦国時代に生まれなくて良かった。



それにつけても、魅力的な男に出会ってみたいものだ。羨ましい程の良い男と、、、それは、私の滋養となるだろう。


、、、、いのちにかはる わが身と思へば、、、












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by rikughi | 2005-06-19 13:36 | 4 「捨てる」


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