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「男の躾け方」 1  洗濯



ある Old School Boy氏の話、
彼がはじめて、バレット(主人の身の回りの世話をする召使、服など身支度の一切を管理する)をつれずに、旅行したとき、、、朝、ドレッシングルームで 何故、今日に限って 歯ブラシが泡立たないのか 訝しく思った、、、彼は、歯ブラシに歯磨き粉をつけることを 知らなかったのだ、、、( 実話です! )




d0004856_0182624.jpg少し前の日本には、男子の育て方というのが、確実にあった。
別段、それが良かったというほど復古主義でもなく、有難いとも思っていないが、私は、そういう教育を受けた。
多分、そういう時代の最後尾あたりに、私の世代はあるのだと思う。最後尾の悲劇は、そういう育てられ方をされたにもかかわらず、いざ成年に達した時には、そういう時代が終わっていた、ということにある。


そういうわけで、一人暮らしを始めた時、私は、自分に「生活するテクニック」が欠落していることに気づかざるを得なかった。
、、、夜、帰ってきて、ソファに脱ぎ捨てたシャツは、朝、起きたときも、そのままの形で、ソコにある。椅子にすわって、待っていても、「御目覚(おめざ)」のモーニングテイーはあらわれない、、、、

これが、良き時代ならば、脱ぎ捨てられたスーツは、丁重に、蒸しタオルで、一日の汚れを清められ、主(あるじ)の体つきに合わせて、綿で補足された特別製のハンガーに、イツノマニカ、安置されている、シャツも、また、即座に、手厚く、手洗いされていることだろう。そして、朝、8時半には、控えめなノックで起こされ、ベッドのなかで、モーニングテイーを味わう、、、残念ながら、そういう時代はオワッテいた。


私は、自力で「マットウな生活」を送れる 技術を学ばねば ならなかった。


手始めに、「洗濯」から試みることにした。
とりあえず、私は、洗濯すべき リストをつくってみた。ただ、シャツを 自分で洗うリストに加えるか、クリーニング屋に出すものとするか、迷った。



それで、当時、シャツを頼んでいた、仕立て屋のジョージに 聞きにいくことにした。ジョージは、ケーリー グラントのシャツを作ったというのが自慢の、、、モウ、60歳を越えていたが、、、元気な、面白い人物だった。

彼は、長年、サビルローの顧客のために、シャツをつくっていたが、いまは、半引退といった身分で、昔からの顧客に限って注文を受けていた。顧客は、ジョージと 彼の作るシャツを愛していた。だから、彼が、ウエストエンドから離れて、自宅の一室に ワークショップを移してからも 顧客は 彼の居所を探し出して 足茂く 通った。質素な、下町の家の前には、およそ不釣合いな、コーチワークされた特別製のロールスや、ベントレーが いつも留まっていて、道行く人を不思議がらせた。

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私は、夏も終わりの ある日、手土産を携えて、ドライブがてら 彼の家を訪問することにした。
ジョージに白羽の矢を立てたのは、シャツを頼んでいただけでなく、彼も、一人身だったことにもある。息子夫婦が近くに住んでいて、その奥さんが 身の回りの世話をしていたようだが、ジョージは ひとり暮らしを楽しんでいた。
時折、愛車を駆って、郊外にでかけるのを趣味としていて、雑然とみえる住まいも、男の住処としては かえって居心地が良さそうで、快適そうにみえた。

私には、たのもしい先達と 映ったのだ。

ジョージは、ドアが開くなり、「マイボーイ、、」という陽気な嗄れ声とともに、気さくな抱擁で 私を迎えてくれた。


この人は、どこか異次元にいるような人で、イギリス人の典型では掴み切れない処がある。挨拶の抱擁というのも、英国では珍しいし、ロンドンの職人というと、ジミで頑固で、ちょっとイジワルな所があるのが相場だが、ジョージは自由奔放といったところがある。

それが、この人の「チャーム」なのだ。それは、お上品なものではなく、下町のチョット、ワルな 面白さ だと思う。一度などは、裁断台の隅に、イエローペーパー(エロ雑誌まがいの、、)を、見つけた。

ところが、この人のつくるシャツは昔風の、素晴らしくエレガントなものだった。シャツづくりも、ロンドンでは分業制が当たり前だが、彼は最後の仕上げまで、すべて 一人でやりこなしていた。それも、ミシンを使わず、すべて手縫いで、、。隅から隅まで、手縫いでつくるシャツ職人は、ロンドンでは、後にも先にも、彼以外に 私は知らない。それに、あらゆる種類、あらゆる時代のシャツを知り尽くしていた。

私が、彼につくってもらったシャツは、例えば、30年代風の イカ胸部分だけ ホリゾン(横)ストライプにしたものや、彼が「パジャマスタイル」と呼ぶ、ポロシャツのように 被り式のもの。これは、ボデイがコットンフランネルで、衿とカフ、そして ちょうどスーツのVゾーンから覗く部分だけ ストライプのポプリンで出来ている。これは、冬のカントリー用のシャツなのだが、私は、気にいって、これと同じスタイルで タウン用のものを幾枚か頼んだ。


最近 ウエストエンドに住む、老婦人から譲り受けたという、20年代のシルクの生地について、面白い話を聞いた後、私は、件のシャツの洗濯について 切り出した。、ジョージは、最初 変なことを聞く日本人ダト 訝しい表情をしていたが、事情を察して、丁寧に だが 彼流におしえてくれた。 、、そして、その後、イギリス人が 外国人に もっとも教えたがる 「正しい」お茶の入れ方を 彼が講釈し始めたのは もちろんのコトだ、、、


ジョージ流の 男の洗濯方、、、

その1   マズ、洗剤を適当なビンに適量、詰め、お湯を加えて 勢いよく シェイクする。いわば 洗剤の濃縮ジュースをつくる。これは、洗剤が溶けないまま シャツにくっつくのを防ぐためだが、今の日本では、液体のコットン用洗剤が売られているから それが便利だ。

その2  帰宅して、背広を脱いだら、そのまま バスルームに直行するコト。そして、バスルームの洗面台に、30度ぐらい(つまり、シャワーと同じぐらいの温度)のお湯をはり、そこに この濃縮ジュースを スプーン2-3杯ぐらい垂らして、よく混ぜる。
そして、シャツを脱いで、裏返しにし、その中に、ほおり込む。2-3度 押し洗いして 万遍なく シャツに洗剤を染み込ませる。ついでに、ソックスとトランクスも ほおり込む。
気をつけるのは、洗剤をいれすぎないことで、入れすぎるとすすいでも シャツに洗剤が残る事もあるし、第一 いっぱい いれたからといって、効果があがるものではない。

その3  シャツのコトは忘れて、シャワーを浴びること。この時点で、アナタは、真っ裸なはずダカラ、、。充分、今日一日の汚れを落とし、リラックスすること。バスタブに浸かり、しばし 瞑想スルもヨシ。

その4  充分 リラックスしたところで、バスローブをひっかけ、シャツを押し洗いする。決して、揉んだり、擦ったりしてはいけない。 洗面台の底に 押し付けるように洗う。汚れのつく、衿とカフスは 広げて お湯の中で何度かヒラヒラさせて 汚れを押し出す。
衿の汚れを 気にしすぎる人がいるが いまの洗剤は強力だし、いつも こうやって スグ洗っておけば、汚れはおちてしまう。
シャワーを浴びるぐらいの間 つけおき するのがコツで、汚れを 自然に浮かせることができる。 ただ、長い間 つけおき すれば 良いかというと そうではなくて、 かえって、生地にダメージをあたえる。せっかく 手洗いする 意味がなくなるというものだ。

その5  洗剤液をながし、よくすすぐ。このとき、はじめと同じ温度のお湯で、何度かすすぐことが大事で、つまり 洗濯の最初から 最後まで 一定の 温度を保つことが 生地のダメージを防ぐ。このときも、押し洗いすること。

その6  さて、すすぎ終わったら、マットウな形の ハンガーを用意する。マチガッテモ、クリーニング屋から かえってくるときについていた針金のものナドは使わないコト。シャツは、洗う時、裏返しにしたハズだから、当然 表に戻してやる。
通常、バスタブの上には、洗濯物を干せるように、ポールが渡してあるから、これにハンガーをかける。これは、下手に外に干して、紫外線で 色が変ることを 防ぐためだ。
ここで、重要なのは、決して シャツを絞らない事だ。 つまり、ビチャビチャな状態のまま ハンガーにかけること。ここが、ポイントです。当然、雫は 垂れるが、下はバスタブ、気にする事はナイ。絞らないのは、生地に余計なダメージを与えないためだ。
ソックス、トランクスも 同様に 絞らず、干す。

その7  ひと仕事、終わった。もう、洗濯のことは 忘れて、そのまま 安らかに眠るもヨシ、趣味の将棋の千日手に挑戦するもヨシ、、、、

その8  朝、起きて バスルームにいくと、昨日のシャツは、ほとんど乾いている、絞らず、ハンガーに干したので、そのまま着ていけるくらいだ。 本当は、まだ 充分に湿り気がある状態(英語では、dampと表現する)で アイロンをあてることを ジョージにはすすめられたが、私は メンドウなので、乾いたところで、そのママ、クローゼットにしまうことにしている。必要なときに、アイロンをあてれば良い。
ちなみに、シャツは スーツと同様 ハンガーがけで 収納するのが良いと思う。 場所は とるかもしれないが、畳んでレンガの様に 積み上げると、結局は取り出しにくいし、第一 畳むのは意外にメンドウだ。


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それから、1年ほどたった頃、見知らぬ女性から電話をもらいました。
一ヶ月ほど旅行にでかけ、ちょうど帰ってきたところで、最初は怪しく思っていたら、電話の主は、ジョージの末の娘さんでした。

「実は、父が数週間前に亡くなったのです。とても、、急なことでした。父の顧客ノートに、あなたの名前があったので、何か し残しの ご注文などあったのではないかと思い、ご迷惑かと思いましたが、ご連絡をとらせていただきました。何度か、電話をいれさせていただきましたが、ご不在だったようで、、、」


大腸ガンだったという。手術の間際まで、元気に 看護婦さんに冗談をいっていたが、既に 転移がはじまっていた。結局、手術後 間もなくして 亡くなったという。

私は、こうした場合、誰もが つぶやくように、信じられなかった。
ほんの、ひと月半前に、私は、ジョージを訪ね、新しいシャツを頼んでいたところだ。そのときは、いつもどおり 陽気な姿だったのだが、、、「旅行から 帰ってくる頃には、シャツは仕上がっているから、、」、それがジョージの私への最後の言葉となった。


翌日、とり急ぎ、ジョージの家へと向かった。娘さんが、待っていてくれた。
私を惹きつけた、快適で、楽しそうだった部屋は、主をなくして、途方にくれているようだった。

お悔やみの言葉をいい、故人の思い出を語る。私が頼んでいたシャツは、彼女が、ズイブン探してくれたが、結局、みつからなかった。残念だ。彼女も、残念がって、「その代わりといっては何ですが、父の残した物で、なにか気に入るものがあれば、思い出として持って行ってください。 故人も喜ぶと思います、、何でも、持って行ってください。」

そういわれて、躊躇したが、私には思い入れの深い人だったので、厚かましいとは思ったが、前にジョージが話していた、20年代のシルク生地のひとつと、分厚いボール紙でできた衿型をひとつ、頂いた。

裁断台のうえには、黄ばんだ古いノートが残されていた。ジョージ自身が描いた様々なスタイルのシャツのスケッチと、衿の形、多分、型紙の一部と思われる不思議な図形と、記号のようなもので、それは埋め尽くされていた。私は、陽気なジョージのもうひとつの顔、自らを鍛錬する職人としての一面を見たような気がした。 

「、、旅行から帰ってくる頃には、シャツは仕上がっているから、、」

私は、ちゃんと旅行から戻ってきたが、ジョージ本人は、戻らぬ旅に出掛けてしまった、、、。私は、お墓の場所を尋ね、心ばかりの花を手向けた。









男の洗濯方、、、
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copyright 2005 Ryuichi Hanakawa

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by rikughi | 2005-05-05 00:18 | 1 「洗濯」