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「男の躾け方」 3 磨く  ~紳士のフェテイシズム?~




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その物は、いくつかの場面を除き、本人が思うほど、他人は気にかけることはない。
しかし、17世紀の君主は、自分が歩く必要がないことを誇示するために、つま先を象の鼻ほど長く尖らせ、また、18世紀の貴族たちは、シモジモと区別させるため、かかとを赤く塗らせた。それほど、これは、紳士の興味と冒険を誘った。
、、、通常、それは、極く簡潔に‘靴‘と呼ばれている。」
(百歳堂 敬白)
 


ロマンテイストのワイルドならば、「比較的、迷惑をかけない紳士の自己顕示」と呼ぶかもしれない、皮肉屋で知られたW.C.フィールズならば、即座に「見栄の固まり」と命名するだろう。

注文靴、、、それは、紳士のワードローブの中で、唯一、密やかな「フェテイシズム」の対象となっている。それは、「靴を磨く」という行為が付随しているからに違いない。

私が最初に、注文靴をオーダーしたのは、ロンドンのバーリントン アーケードにあった「ブール」という店だった。(残念ながら,随分前に、閉店してしまった。当時、同じアーケードに「モイコフ」という変わった名前の注文靴屋もあって、ここも定評があった。トウーゼックもそうだが、ポーランド、チェコスロバキア、ハンガリー系~簡単にいえば、第2次大戦中 或いは、それを契機として、ヒットラーの圧制を逃れ来た移民の人たちのなかに、靴屋に限らず優れた人がいて、ロンドンで店を開いていた、その名残りが、まだあった時代です。)


日本にいると現実味が薄いが、「ヒットラーの圧制」(微妙な問題を含んでいるのでストレートな表現はできないが)というのは、事実、大きな爪あとをヨーロッパに残している。そして、その過程で、それから逃れて国を移った避難民の人たちの物語がある。これは、調べてみると、大変、興味深く、また考えさせられ、私は、ズット、資料をファイルし続けている。いつか書いてみたいが、外国人には、微妙な問題を含んでいて、本当に自分が奥底まで、理解できうるのか、確信が持てないでいる。

これは、ヨーロッパで遊んでいたときも、行く先々で形を変えて遭遇した。ある優秀な、陶芸家はハンガリー移民であったし、最近ではロンドンで知り合った70半ばのお婆ちゃんの話がある。
彼女は、素晴らしい布のコレクションを持っていた。

これらはフレデリック・アッシャーという、やはりホロコーストを逃れてきたファブリックデザイナーの手によるものだという。彼は、祖国で、すでに、それなりのキャリアと評価を得ていたが、30年代に、全てのものを打ち捨てて、ロンドンに逃れてきた。一から、やり直し、デイオール、シャネル、ワースなどという有数のクチュリエに布を供給するまでとなった。彼は、頑なに、自分が気にいったクチュリエ以外には布を売らなかったという。彼女の亡くなったご主人が、アッシャーと親しく、未亡人となったとき、何くれと メンドウをみてくれて、彼女だけに、もう継続しない柄と、クチュリエがはねた布をくれたという。
彼女は、仕立て屋だった母親といっしょに、パターンとドレスメーキングを教える仕事をし、私が会ったときは、すでに引退の身だった。(彼女の身の上話も印象的だった。)私は、お願いして、いくつかの布を譲ってもらった。

「ブール」という店は、1950年から、たった1年間だけ発行された、驚くべきクオリテイーをもった雑誌「フレアー」にも紹介されていたから、それなりの名はあったのではないか。事実、アメリカ人など、インターナショナルな顧客もいたように思う。
この店は、通常、上品なアーモンドトウを得意としていたが、店の奥には、昔のモノなのか、ドラマチックなチゼルトウもあった。それは、トウーゼック風というのではなく、いま思えば、パリのデイ マウロに通じる特異な美しさがあった。この店の出自は、そこら辺りにあったのかもしれない。
この店には、いかにも職人然とした親父がいて、東洋人の若者は珍しかったのか、とても仲良くしてもらった。唯一の彼の不満は、私がローファーばかり頼むことだった。

当時、私は、ヒモ靴がイヤだった。靴を履くとき、「靴ヒモを結ぶ」という余計な動作が増えるのが許せなかった。名刺をとりだすのに、モソモソする人と同じで、ドウモ、好きになれなかった。



親父は、或る日、一計を案じた。ブラブラと店に入ってきた私を捕まえて、一足の靴を差し出した。それは、昔、エリック・ロブがヨク作っていたような、一見フルブローグにみえて、インサイドの土踏まずの処にだけ、大きくゴムがはられたものだった。レイジーマンシューズというのは知っていたが、これは、内側の見えないところだけ、エラステイックなので、全く、フルブローグに見える。ためつすがめつ、靴を眺める私に、コイツもやっと分かってきたかという満足の表情で、親父は「フ、フ、フ、、」と笑った。

「旦那、これならヒモを結ぶ手間もありません。しかも、ご覧下さい、この趣のあるウイングの形、カウンターのカーブ、ウチのは他のブローグとはパターンが違います、そして、この、、、」
得々と説明を続ける親父を遮って、私は言った、「親父、この靴の磨き方を教えてくれ。」、ソウなのだ、この靴は、いままでに見た事がないほど、ツヤツヤ光り、全く別物の魅力を放っていた。



親父は、虚をつかれ、しばし言葉を失った、そして、ひとつ首を振るとアキラメタようだ。コイツに、シルクリボンを結んだ優雅なオックスフォード、趣のあるパーフォレションで全体を飾ったカントリーフルブローグについて、いくら言葉を費やしたトコロで無駄ダ。どうせ、おかしな東洋人ではナイカ。そう、アキラメテくれたようだ。

ブール親父の「紳士の靴の磨き方」、ただし、注文靴用、


<壱>  先ず、アルコールと水を1:1で混ぜ合わせ、クリーニングウオーターをつくる。

 <靴を清潔にする。>

巷間、様々な靴のメンテナンス方が紹介されているが、要は、自分の顔の皮膚を思えば、感覚が掴めると思う。先ずは、汚れを落としてやらなければ、色々なトラブルの元となる。
洗いすぎれば顔がヒリヒリするように、お化粧を落とさなければ皮膚が荒れるように、同じことが、靴にも言える。一日、履いた靴は、その日のうちに、汚れを落としてやらなければいけない。


<弐> キッチン用のスポンジを軽く濡らし、サドルソープをつけ、手で2~3度揉んで泡立てる。これで、前方に押し出すように、靴を洗う。ソール、コバも同様に洗ってやる。
サドルソープがない場合は、水だけをスポンジに含ませて、同様に洗い。しばらく、乾かした後、牛乳を水で薄めたものを、布にふくませて、軽く拭く。(ただし、これは、あくまで代替案で、サドルソープがあるなら、その方が良い)

<参> サドルソープも、牛乳も、動物性の脂肪を含んでおり、革には、時々これを補充してやる必要がある。こうして、靴を洗うのは、普通の履き方で、年に2~3回程度。ただ、雨に濡れて、浸水したときなどは、洗ってやった方が良いかもしれない。


<四>サドルソープで洗った靴は、しばらく乾かしたあと、泡をスポンジでとってやる。泡は、乾くと白く残ってしまうからだ。これで一日目は終了。時間にして4~5分で片付くと思う。

<五>一日、乾かした後、壱で用意したクリーニングウオーターを布に含ませ、磨く。コバ、靴底、ヒモを通す穴のあたり、、、細部にわたって、磨く。
これで、あなたの靴は、清潔になった。いわば、「スッピン」の状態に戻ったわけだ。


<お化粧をする>

お化粧をしている女性と、していないのと、ドチラが好みかと問われれば、している女(ひと)を選ぶ。男とはそういうものだ。女性の場合、お化粧も含めたものが、人相だと思う。そういう意味では、靴は女性的なのかもしれない。
コツは、クリーム、ワックスの類は、極く控えめにすること。そして、革が、それらを吸収する時間をタップリとってやること。


<六> 「スッピン」になった靴に、色をのせる。黒い靴なら黒い靴クリームを。
私は通常、サフィールのビーワックス入りのクリーム(ワックスではない)か、メルトニアンのものを使っている。多くが靴屋からもらったものだが、これ以外には、COXYというドイツ製のものがある。
先ず、キッチン用のスポンジを約5センチ四方に、ハサミで切り、これに靴クリームをつけて、全体に万遍なく塗る。スポンジを使うのは、布よりも均等にのばせるからだ。コバ、コバと靴の隙間も、専用のブラシか、歯ブラシを使って塗る。クリームは極く控えめに、厚塗りは決してしないこと。
今日の作業もココまで、靴は一晩寝かせる。

<七>一晩、寝かせた靴は色をとり戻して、少女のようだ。優しく、やわらかい布(Tシャツなど)で、小さく弧を描きながら細部まで磨いて、余分なクリームをとっていく。
次に、ビーワックス入りのワックスを、布に少量づつ(シェアのマルクスは、「タッチ」<ワックスに触るぐらいの少量。>と繰り返していた)取りながら、靴全体に伸ばす。
そして、一晩寝かせる。

ここで、紹介するのは、あくまで古来伝統の紳士の靴の磨き方で、いま、パリなどで流行る「グラサージュ」(ワックスと水を繰り返し塗って、革の表面に膜をつくって光らせる)などの即席の「光らせ方」ではない。
「グラサージュ」では、ハードワックス、水分を失った古いワックスを使ったりするが、それは、革に吸収されず、表面に残って膜をつくりやすいからだ。
ここでは、革そのものが光沢をもつように育てることを趣旨としている。
ビーワックスが、革に吸収されるには、最低7時間は必要だ。この方法では、確かに日数がかかる。しかし、一日に要する時間は毎回4~5分程度だ。これなら、一日のスケジュールへの負担はないし、「グラサージュ」のように、血相をかえて、靴と格闘する必要はない。(そう、「グラサージュ」は案外、時間がかかる。)まず、優雅な紳士の戯れとしての体裁は保たてる。

<八>さて、ようやく靴に輝きを与えてやる段になった。先ず、スポンジを約3センチ四方に切り、小皿に乗せ、壱でつくった、クリーニングウオーターを含ませる。磨く布は、通常、古Tシャツのような柔らかいものを用意するが、店では、シルクシフォンを使うことを薦められた。
布をスポンジにチョット触れる程度、湿らせ、小さく弧を描きながら磨いていく。5センチ四方ぐらいづつを、丁寧に磨いていく感じが良いと思う。5センチ四方が終われば、その都度、水分を摂って、次の5センチ四方に移っていく。スポンジを使うのは、必要以上に水分をつかわないためで、スポンジに触るぐらいの水分が適量ということだ。
磨くのに飽きたら、そこで止めて明日にしてもかまわない。

<七>と<八>の作業は、最低2回ほどは、繰り返した方が良い。つまり、一度、全体を磨き終わったら、またワックスを<七>の要領で、塗り、一日寝かして、また<八>の要領で磨いていく。
磨いていくと、段々と、布に抵抗を感じなくなるはずだ、其の度ごとに、えもいわれぬ光沢が浮かび上がってくる。

この要領で、磨いていくと、革は年々光沢を持っていき、年数が立てば立つほど、靴は立派になって趣をもちはじめる。

注文靴用と最初にことわったのは、革の質と靴の構造の違いが、既成靴とはあるからだ。例えば、良い革は、こうしたメンテナンスで、より良く育っていくが、メンテナンス次第で、悪い革が良くなるかというと、残念ながら、そんな魔法のようなことはおきない。
 


ブールの親父から、教わったのは、他に、靴を脱いでから5分以内にシュートリーをいれること。革がまだ温まっている間に、いれてやらないと、シワを伸ばし、形を整えるという意味がなくなるといわれた。もうひとつ、靴を履くときと同様に、脱ぐときも靴ベラを使うのがコツだとも。

それにつけても、近頃の靴ベラの貧相なこと。ほとんどが、15~20センチほどの短いものだが、あれは、あくまで旅行用です。本当の靴ベラ(英語では、シューホーンという)は、杖ほどの長さ(100センチ~ほど)があるものです。つまり、立ったままで、使えるものでないとシューホーンとは言えない。そして、良い、堅い木でできていること。いちいち、座って、靴ベラをつかって履くのと、立って余分な動作なく、靴を履くのとでは、男の姿が違う。
そして、この時、一番、すっきりとした動作で、履けるのは、やはりローファーなのだ。









紳士の完璧な靴の「磨き方」、、、
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copyright 2005 Ryuichi Hanakawa

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by rikughi | 2005-06-09 10:14 | 3 「磨く」