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「百歳堂 散策日誌」 サイケデリック 4   京都のお化け 




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「この世をばわが世とぞ思ふもち月のかけたることもなしとおもへば」





洛北の北山大橋から見上げる月は、道長が詠んだ様に、欠ける処のない萬月だった。天まで届く剛の弓矢があれば、試しに狙ってみたいほど、見事に夜空にポっかり穴を開けていた。蒸っと重い、暑い空気のせいか、月は少し赤く滲んで見える。

水面に映る月影を見ようと、橋から探してみるが、不思議にそれは見当たらなかった、、、



「夏夕べどこにも水のせせらげる」
( 万太郎の句 )





昨日、京都に着いて、昨日も今日も祇園で遊んでいる。
いまでは、他の街に似てきてしまった京都も、古くは水の都と謳われていた。白川の近くにある仕出屋の奥の座敷にすわっていると、それでもどこかで、水のせせらぐ音が微かに聞こえる。

この仕出屋は、京都炭山に「登り窯」をもつ知人の陶芸家の紹介で、今夕は、彼と、彼の贔屓の芸妓がひとり、華を添えて、美味しい料理を愉しもうという趣向だった。

この店は、御茶屋さんへの仕出しが本業だから、座敷があることは、極く常連しか知らない。知人の陶芸家は、魯山人に傾倒している人だから、ここの料理が美味くないはずがない。

根を詰めていながら、いじり過ぎない、その料理は優しく、酒も美味しかった。それで、だれからともなく、座の話題は、「百物語」のコトとなった、


「百物語」というのは、一種のキモだめしで、江戸時代に(もしかしたらそれ以前にも)流行ったものらしい。
100本の蝋燭をたてて、座にいるものが、恐い話、怪談の類をひとつ、ひとつ披露していく。其の度ごとに蝋燭は一本、また一本と消され、最後の話とともに、100本目の蝋燭が吹き消され、真っ暗闇となるや、それまで話されたお化けや、怪奇なことが、すべて一挙に現れる、と言い伝えられている。


それで、私たちも、そのマネごとをすることにした。


しかし、百も怪談話を知らないし、だいいち、夜が明けてしまうから、一人、ひとつの話で「三物語」にしようということになった。

陶芸家は、よほど、この趣向が気にいったのか、さっそく襖を開けて、女将を呼ぶ。「オーイ、蝋燭を持って来て」。
女将は、慌てて顔をみせると「蝋燭なんて、何しいやるんどすか。それに、うちには、ご仏壇の蝋燭しかあらしませんどすえ。」と怪訝そうに言った。

「仏壇の蝋燭、ケッコウ、ケッコウ。早よ、3本、もってきてんか。」陶芸家は、この店に顔が利くのか、そう頼むと、女将は「火事には気イつけておくれやすや」といいながらも素直に蝋燭を持ってきた。


3本の蝋燭と、3枚の小皿をうけとって、陶芸家はさっそく準備をはじめる。座机のうえに、皿を均等に並べて、蝋燭を一本、一本、立てていった。

「やー なんか 鳥肌がたってきたワ、、」、揺らぐ蝋燭の炎をみつめながら、芸妓が、誰にいうでもなく呟いた。年の頃は27、8といったところか、玄人好みの着物を纏っているが、今日は、髪も化粧も普段どおりで、ただ、とびぬけて色白なのが眼を引いた。

この女(ひと)とは、前にも会っている。

以前に、陶芸家と小さな町屋を手直したバーで飲んでいたとき、途中から、確か、やってきた。

その時も、珍しいほど色白なのが印象に残っている。どちらかというと、少女のふくよかさが残る細面の美人で、その肌はヒンヤリとして、透きとおってみえた。

黙っていると、忘れ難い美人で通るだろうに、花柳界の女(ひと)だけあって、少し徒なところがある。いつかは、「うち、00ちゃんと寝た夢みたわ」、と言い出すこともあった。(00ちゃんというのは、ここでは書けないようなヤンゴトなき人の名だった。)

しかし、陶芸家は、「アイツは、ああ見えて踊りに才があるんヤ」といった。日頃、手放しでは、人を褒めない彼が、ソウ言ったから、私は少し興味を覚えた。



「さあ、準備はできたデ、みなサン、よろしいか。」そう陶芸家は言うと、自ら立ち上がって、部屋の電気を消した。

闇のなかで、燃える蝋燭の炎は、意外にくっきりとしていて、周囲にまでは、その光は届かないものの、座机の上は、ほの白く浮かびあがっている。それは、月の光に似ている、と思った。


一本目の蝋燭  「陶芸家の話」

明応の頃、洛北の鷹ガ峰に観鴈寺という寺があったそうや。
この寺は、寺とは名ばかりの荒れ寺で、そこに気が触れた坊主がひとりおったんや。
明応の頃というのは、戦乱の時代で、世の中は混沌の極みにあったといわれとる。
なにしろ、時の天皇がお亡くなりになっても、戦で混乱しとるから、葬るまでに40日間もほったらかしにされてたといわれてるグライ、世の中が迷てた時代や。そやから、荒れ放題の小さな寺なんか、全国にはヨウケあったワケや。


しかし、その寺の荒れ具合いうたら、ソラ、目もあてられんほどやったそうな。襖の類どころか、雨戸もなく、床は処どころ穴があいて、床板はヒン曲がって歩くのも難儀するほどやった。

そこに、住み着いておった坊主いうのも、ホンマに修行の僧やったかどうかも怪しい。痩せこけて、目だけがギョロリとしていて、なんかにとりつかれたように、朝から晩まで念仏を唱えとる。

ただ、一生懸命、念仏を唱える姿に、ほだされて、村人たちは、ときおり野菜や食べ物を持っていってやった、それを、坊主は礼の一言も言わず、貪るように食っては、食い終わると、また念仏を唱えに行くといったことやった、、、



村人たちが、俺のことを気が触れた坊主と思っているのは知っている。だが、俺は狂ってはいない。狂ってしまったのは、俺の人生だ。

こう見えても俺は、御池の大店の手代だった。
自分で言うのもなんだが、俺には商いが性に合っていた。親に売られて、丁稚として入った店だが、俺は何より働くのが好きだった。そんな俺を、旦那も、目をかけて、可愛がってくれた。
俺はメキメキ頭角を表し、ついには手代となった。口減らしのために、犬ッコロのように売られた俺だが、ヤット、自分の居場所を、この手で掴むことができたと思った。


間違いは、店の娘の、おいねさんが俺に惚れてしまったことだ。


おいねさんは、大店の一人娘にありがちな世間知らずの、それだけに一途なところがある女(ひと)だった。
俺は、正直戸惑った。だが、そのうち、おいねさんの一途さにほだされて、或る日、旦那に二人して夫婦になる許しを乞いにいった。
そのときは、あれほど尽くした旦那だし、かわいい娘のために、かえって喜んでくれるのではと、身の程知らずにも、本気でソウ思っていた。


ところが、旦那は、話を聞くどころか、エライ剣幕で、「コイツは、犬みたいに売られてきた男や、身分違いも甚だしい!飼い犬に、手を咬まれるとはこのことや。エイ、今すぐ出て行け、お前の顔なぞ二度と見とうナイ!」そう言って、すがる俺を店の者にいいつけて、着の身着のまま放り出した。


俺は、店の前に蹲って、三日三晩、許しを乞うが、叶わず、挙句の果ては、丁稚に石もて追われる始末。

どこか、死に場所を探そうと、京の街を足を引きずってフラフラと、さ迷っているうちに、何処をどう辿ったのか、気がついたとき俺は、この寺にいた。


俺は、ほとほと疲れていた。ナメクジが塩をかけられたように、身体がずるずる崩れていくようだ。絶望を通り越して、俺には、ひとすじの精神すら残されていない。足は血まみれだったが、痛みすら感じなかった。

いつのまにか、俺は、庭に蹲ったまま眠ってしまった。



そのころ、手代がいた御池の大店は、蜂の巣をつついたような騒ぎやった。

ことの起こりは、おいねの縁談話や。
手代との一件以来、お目付けを四六時中つけて、外にも出さんようにしとったが、おいねの悲嘆ぶりといったら痛々しかった。
それで、親としては、また悪い虫がつくよりは、早いトコ、身を固めさせようと思たわけや。相手は、京の呉服屋では一、二を競う大店の息子で、明日には祝言ということになった。


ところが、、、やれやれ、これで、ひと安心と、旦那をはじめ店の衆の気がゆるみ、寝込んでしまった月夜の晩、おいねはソット、店を抜け出した。祝言の日になって、おいねが、おらへんコトに気づいた店は、エライ騒ぎや。


百人近くの若い衆が四方八方を探し、旦那もあらゆる手管を尽くすが、娘の姿は、神隠しのように、かき消えた、、、



俺は、どれほど眠ったのか

ざらざらとした目覚めに現われたのは、蒼く、月光に照らされた荒れ寺の庭だった。

月の光は、こんなにも明るかったのか、、、見ようによっては、美しいともいえる月下の荒れ野で、俺は、不細工な虫のように蹲っている。

俺は喉の渇きが耐え難く、寺の池まで、なんとか這っていって、むせ返りながら、泥水を飲む。


芋虫のように、身体を引きずって寺の本堂に這い上がると、この荒れ寺には仏像もなかった。まるで、俺のようにカラッポだ。

俺には、もはや心はない。

結局、俺は巡りめぐって、売られて来たときと同じ、犬畜生同然に戻ったわけだ。

俺の血と肉は悦びを知らず、骨は報われることを知らない。

俺は、はたして生きているといえるのだろうか。

ふと、カラッポの俺の口をついて出たのは念仏だった、、、妙法蓮華経、、、南無妙法蓮華経、、、
さぞかし俺の念仏は畜生声であったろう。
俺は、五文字七文字を繰り返した。、、、妙法蓮華経、、、南無妙法蓮華経、、、

俺は、何の為に唱えるのか?

恨みか辛みか、それとも極楽浄土を願うのか、、、ソンナものは俺には、どうでもよかった。俺が欲しいのは、俺の中身だ。カラッポの俺を、少しでも埋めてくれる「中身」が、ただ欲しかった。


、、、妙法蓮華経、、、南無妙法蓮華経、、、五文字七文字を繰り返すことで、俺は、俺の中身を取り戻したかった、、、



 ある日、その荒れ寺に旅の高僧が立ち寄った。長旅に袈裟は破れ放題やったが、その表情には一筋の疲れも見えなんだ。坊さんは、村のウワサを聞いて、この寺に寄ったんや。手には、丸太を抱えておった。

坊さんは、手代を一見すると、無言のまま、庭にドッカと座り、丸太を取り出した。

その姿を本堂から見つめる手代、、、その眼は赤く滲んでおって、それは、すでに餓鬼の眼をしておった。

坊さんは経を唱えはじめた。その声は、手代と違って、大地を空をムンズと摑まえる、天声やった。経を唱えながら、一心に丸太をナタで打ち始める。ナタの一打、一音に、経が沁みこんでいくようや。
そして、丸三日が過ぎて、坊さんが経を念じ上げたとき、そこには、観音菩薩が彫り上げられておった。

坊さんは、手代を一顧だにせず、まっすぐ本堂にあがると、仏像が納められていたであろう場所に、その菩薩像を置いて、立ち去った。

  
菩薩、、、

俺は、それを前にして何故か、ひるんでいた。

俺は何をためらっているのか、、、覚悟を決めて念仏を唱え始める、、、
すると、菩薩は、煙(けむ)をあげて姿を変えていった。

眼を瞬かせて、それでも眼を凝らすと煙のなかから現れたのは、おいね だった。

おいねは、俺にゆっくりと抱きついてくる。手を伸ばし、俺も、それを迎える。

おいね、、、おいねの体温が、俺の痩せこけた身体に伝わってくる。おいねの血の暖かさが、俺を溶かしていく。


その透き通るほどの白い肌、その柔らかさを、俺は、指で辿っていく、、、
うなじの首元ちかくにあるホクロ、、、少女のように小さな乳房(ちぶさ)、、、


、、、おいねは、ふいにスルリと身をかわすと、庭に躍り出た。、、、何処へ行く、、、おいねは、少女のように笑いながら俺を手招く。俺も、誘われるままに、庭に出た。

蒼い月明かりの中、おいねは、俺を導いていく。荒れ野を抜けて、萬月が水面を照らす滝壷の方へ、、、


滝壷には、月がユラユラと、その影を映していた、、、おいねは、子供のように、その月影を採ってくれと、甘え、せがむ。俺は、おいねの駄々に負けて、おそるおそる水にはいった。


、、、俺には、すでに俺の末路は察しがついていた。だが、俺は、運命(さだめ)に逆らう気力もなかった。


滝壷の水は、新鮮な生命に溢れていて、いまの虚弱な俺が敵うはずがなかった。俺は、もがいてみるが、次第に身体の自由は奪われ、水底にグイグイと引きずり込まれていく。何かが、俺の足を掴んでいるようだ、、、水中の無音の世界で、見上げると、月がユラユラと笑っているのが見えた、、、


それから、数日たって山菜採りの村人が、喉の乾きを癒そうと、滝壷に寄ったそうな。
滝は、数日の雨で水嵩を増しておった。そのせいもあったのか、、、

水を掬った村人の目の前に、フイに、手代の水を吸った水死体が、ぽっかりと浮かび上がった。

その村人の驚いたこと、オドロイタコト、、、声にならない悲鳴をあげると、あとずさりしながら、ほうほうの態で村に帰りつき、そして、仲間に告げた、、エライこっちゃ、、観鴈さんの滝にホトケが浮かんでおる、、、

村人たちは、相談し、そのままにするのもカワイソウじゃ、やはり弔ってやろう、ということになった。それで、村人全員揃って、滝に集まった。

念仏をとなえながら、手代の死体を引き上げていると、一人の若い衆が叫んだ、アッチャにもホトケがおるゾ、、今度はオナゴじゃ、、

水ぶくれしたそれは、見る影もなかったが、うなじにホクロのあることは見てとれた。





陶芸家は、話し終わると一本目の蝋燭を、ふうーと吹き消した。


、、、「暑おすなあ、、、」そういって、芸妓は、窓ににじり寄ると障子を開けた。「やー、お月さんがきれい、、」

そういわれて、見越しに覗くと、夏の京都は、いつのまにか、とっぷり暮れていた。


「コラコラ、窓を開けたらイカンがな。趣向がくずれる、、、」、そう陶芸家に諌められ、芸妓は窓を閉める、、、ふり向いたとき、抜き衿の隙間から、うなじにホクロが見えたような気がした、、、


「今度は、アンタの番やデ」、陶芸家が、芸妓に水を向ける。芸妓は、私の顔をうらめしそうに見るが、陶芸家に、この人は「お客さん」ヤから、お前が先に話せと言われ、観念したようだ。


「そしたら、、、おいね さんの話でもしまひょか、、」


おいね、、、それは、さっきの話のおいねのことか、、、私は思わぬことに、少し気味がわるかったが、陶芸家は満更でもないらしく、「オモロイ、、、話さんかい、、」と言った。



2本目の蝋燭  「芸妓の話」














人は月の光に狂うのか、、、
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copyright 2005 Ryuichi Hanakawa

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by rikughi | 2005-07-10 00:56 | 京都のお化け