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「UNNOTICE」と「VISIBLE」 ボニのスタイル  ー ボニ・カステラーネ侯爵 5



           彼は人を感動させ、感激させたというよりも、驚かした。
           とりわけ、驚かしたのである。
                  (ボードレール 「エドガア ポオ 雑稿」より)




d0004856_8201232.jpg「UNNOTICE」

「男の服装は、UNNOTICE(目立たない)であるべきだ。」 ボー・ブランメル以来、コレが、紳士の服装の不文律とされている。

ハタシテ そうなのかナ。

思い出して欲しいのは、この時代の宮廷の男たちの服装というのが、例えば 真紅のコートに緑のウエストコートという風に、かなり華美であったということだ。なかにはダイヤをちりばめた衣装をつくる者までいた。
それゆえに、ブランメルが提唱した、「UNNOTICE」=黒づくめに白いシャツという服装は、その時代においては、ひとつのアンチテーゼであり、充分にショッキングで、革命的だった。

そして、革命的という もうひとつの理由は、「UNNOTICE」という言葉が、服装を鍵として、紳士(男)の「あり方」を定義してしまった感があるからだ。

服装史においても、このコンセプトの登場から女性服と男性服との区別が、より明確になってきたとも思えるし、

男は目立たぬ「趣味の良さ」を追求し、女性は「美」を追求するという、社会化された常識が定着し始めたようにも考える。

おかげで、地味だが仕立ての良い服こそ「男」の装いだというトラウマに、男たちは閉じ込められ続けることになるのだが、、、。


「ダンデイズム」というのは、オスのライオンの鬣(たてがみ)のようなもので、メス(女性)や他の動物(自分以外の男)と自分を「区別する」ことに意味がある。美しいけれど、余分なもので、見方によっては、ときに痛々しい。

ブランメルの「UNNOTICE」も、いまの時代の捉え方とは、少し違って、その時代の華美な服装のなかでは、充分に自分を他者と「区別する」もので、それを意図したものと窺える。

しかし、ブランメルの本来の個人的意図はともかく、いまや「UNNOTICE」というのが男の服装の良識となってしまったのは事実だ。


「VISIBLE」

その 「良識」の一方で、陽気で 「VISIBLE」(目立つ)な装いを楽しむダンデイ達がいる。
こちらの方が、本来の意味では、ブランメルの子孫といえるだろう。

ボニのスタイルは、「VISIBLE」であった。しかし、「Loud」(派手)ではない。


この項つづく
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by rikughi | 2005-03-29 00:28 | 「ダンデイというスタイル」