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「大人の お伽噺」 3 プレイボーイ その2






d0004856_238365.jpg1953年、冬のマンハッタン。
ルビは、トルフィーヨ将軍とともに、プラザホテルに滞在していた。ちょうど、その時、ハンガリー生まれの美人女優、ザ・ザ・ガボール(正確には、ジャ・ジャ・ガボール、ジャ・ジャは、英語名ではSUSANにあたるニックネーム)も、ニューヨークでの最新作のプレミアに出席するためプラザに泊まっていた。

プラザが、「プラザ」としての威厳を、まだ保っていた時代だ。



ザ ザは、ミルク色の肌とブロンドの、ミス・ハンガリーにも選ばれた(ちなみに、本当は、選ばれたのは彼女の姉だったという説もある)ゴージャスな美人だった。ザ ザも、息長く銀幕で活躍したが、ダニエル・ダリューと違って、出演作はB級娯楽映画が多く、女優としての才能よりも、その華やかな交友と、豪華な暮らしぶりで有名だった。(ザ ザは、パリス・ヒルトンの曽祖父、ヒルトンホテルの創始者、コンラッド・ヒルトンをはじめ、生涯、9度、結婚している。ちなみに、ウワサではザ ザの伝記テレビ映画の企画がすすめられており、その主役、すなわちザ ザ ・ガボール役にパリス・ヒルトンがオファーされているという。)


ルビが、ザ ザとはじめて出会ったのは、プラザのエレベーターに、偶然乗り合わせたときだった。ザ ザは、ミンクのコートを着て、2匹のプードルを引き連れていた。


ザ ザとルビは、似た者同士だったのかもしれない。<「人生は神様が与えてくれた享楽の果実」、、、人生を楽しむことにかけては、二人ともエリートだった。>二人を結び付けるには、ルビが送った部屋一杯の最上の赤い薔薇だけで充分だった。それは、ルビの本名=ルビ ローザ(スペイン語で赤い薔薇)にちなんでいた。

ルビは、赤い薔薇で彼女の部屋を満たした翌日、ザザの隣の部屋に移った。そして、部屋と部屋とをつなぐドアを静かにノックした。ドアは、もちろん、ザ ザの微笑みとともに開いた。



ザ ザにつれられて、ルビの交友範囲は、フランク・シナトラ、サミー・デイビスJR、エバ・ガードナー、キム・ノバックという綺羅星のようなハリウッドスターまでにも広がる。事実、サミー・デイビスJRの自伝には、パリを訪れたときの思い出としてルビとの交友が描かれている。

ルビは、ジェットセットのハシリだった。その交友も、いまや、アガ・カーンから各国の社交界、ハリウッド・スター、JFケネデイまでも含まれていた。


ルビの外交官生活は、常にラブスキャダルと表裏一体だった。1953年、有名なレイモンド タバコの相続人、リチャードがその妻を密通の罪で訴え、裁判沙汰になったのも、妻があまりに、ルビに夢中になりすぎたせいだし、著名な英国人ゴルファー、ロバート・スイニーの妻、ジョアンも同様だった。この、「事件」には、新聞もルビを名指しで非難した。



さすがのトルフィーヨ将軍も、あまりのスキャンダルの広がりに、ルビを一時、公的活動から身を引かせ、更迭せざるを得なかった。それでも、ルビの「愛の冒険」はとどまるところを知らなかった。

いったい、56年という短い生涯に、何人の愛人たちがルビの人生に登場したのだろう。ウワサでは、アルゼンチン大使時代には、あのエビータ・ペロンとも、ハリウッドでは、マリリン・モンローとも関係があったといわれている。


d0004856_016836.jpgザ ザとのロマンスは、マスコミの格好の話題となり、スキャンダラスなケンカ沙汰や(有名なブラックアイ事件、内輪ゲンカの末、ザ ザが、ルビの背中をついた際、「つい」ルビは、右フックをザ ザの右眼にくらわした。結果、ザ ザの右目は見るも無残な黒アザとなった。ザ ザは、黒革の眼帯をして記者たちの前に現れ、それでも彼女は、「男が女を殴るのは、深く愛している証拠ヨ」とウソぶいた。)、ニースやドーウ”イル、サンモリッツに、二人が現れる度に、写真とともに大きく報道された。

しかし、結局、二人の恋は、結婚には至らなかった。



ザ ザとのロマンスが破局に終わったことをゴッシプ欄好きな人々が知る頃、ルビは突然、4度目の結婚を発表する。相手は、大富豪ウールワース家の相続人、ニューヨークの億万長者、バーバラ・ハットンだった。


1953年、12月30日、バーバラとの結婚式が、ニューヨークのドミニカ領事館で執り行われた。一旦は、アルゼンチン大使というポジションを取り上げたトルフィーヨ将軍だったが、このアメリカ一の大富豪との縁組にはご満悦だったのか、ルビに再度、パリ領事館への勤務を命ずる。


しかし、ルビにとってバーバラとの結婚生活は、当初からしっくりとくるものではなかった。理由は、虚弱なバーバラの持病と、辛抱のなさだった。挙式後、二人は、陽光溢れるフロリダ、パームビーチのマハラジャが所有していた豪華な館に居を落ち着けるが、バーバラは、日焼けを嫌って、部屋に閉じこもり切りだった。
これでは、人生をエンジョイしようとするルビに合うハズがない。



また、一方では、ウワサによると、バーバラとのハネムーンの旅先で、ルビはザ ザと「再会」し、バーバラとの結婚中も、ザ ザと密会するため、自家用飛行機でフェニックスまで通っていたともいわれている。バーバラとの離婚は、ザ ザとホテルで、ビーチハウスで、あるいは山小屋でと、さんざ、密会を重ねたあげくのことで、”バーバラがアマリニ「非活動的」だったから”というのは、自身を正当化させるためだと非難されもした。


結局、バーバラとの結婚生活は、3ヶ月と持たなかった。そして、ルビの手元には、5頭のポロ競技用の馬と、もう一台の自家用飛行機、「ラ・バランカ」と名づけられたドミニカの広大な農園、それに300万ドル以上にものぼる慰謝料が短い結婚の代償として残った。

その後、ルビは、しばらくザ ザとヨリを戻している。不思議なことに、ルビと関係のあった女性たちは、その後も、ルビと再会するのを楽しみにしていた。誰もルビの悪口を言う者はいなかった。



d0004856_02917.jpg1956年、ルビは5度目の結婚をロンシャンで行う。今度の花嫁は、うら若きフランス女優、オデール・ロダン。彼女は19歳だった。当時、ルビは47歳、実にふた周り以上の年齢差だった。

オデールは、ブルネットの清楚な美人で、歳の割には、落ち着いた賢明さを備えた女性だった。オデールは、献身的な愛をルビに捧げ、新妻の要望もあり、二人は静かで端正な、フランスの田舎町、マルネ ラ コケットに家を買い、より「シンプル」な生活を送り始める。それでも、ルビはポロ競技と、フェラーリを駆ってのオートレースだけは楽しみ続けた。


1958年、トルフィーヨ将軍は、ルビにキューバ、ハバナ大使を命ずる。当時、キューバは、バチスタ将軍政権と、カストロが率いる反乱ゲリラとの2大勢力が拮抗する、まさに一触即発の時代だった。


ルビがハバナに赴任したとき、ルビのもうひとつの「金のかかる趣味」=カーレースのパートナーでもある、アルゼンチンのチャンピオンレーサー、ホアン・マニュエルがキューバーレースに参戦していた。そうした嬉しい偶然もあったが、プレイボーイ外交官、ルビの赴任は、キューバにとって時期的に好ましいものではなかった。1958年には、ルビはキューバーを後にしなければならなかった。パリにオデールとともに戻った後、ルビはベルギー公使に任命されている。


いったい、独裁者トルフィーヨ将軍のもと、ルビの「外交官」としての仕事は、どの程度のものだったのか。史実としては、華々しい「愛の冒険」の一方で、1935年には、ルビのいとこにあたるルイス・デ ラ ルビローザが、ドミニカから追放された政治家 セルジオ・バンコスムを暗殺したかどで、ニューヨークで起訴された際、ルビとの繋がりを取り沙汰されている。 


また、1956年にも、合衆国へ亡命していたコロンビア大学のバスコ・デ・ガルデズ博士の失踪(政治的な理由から暗殺されたといわれている)にも、その関与が取り沙汰された。

どちらも、ルビはその関与について否定している。

ただ、言えることは、ルビは、自分に名誉と金を与えてくれるトルフィーヨ政権の維持には忠実だったと言うことだ。


1960年に、米州機構(O.A.S.)がトルフィーヨ政権を認可した際、ルビは旧知のJ.F.ケネデイとトルフィーヨ将軍の間を取り持ち、公海上での会談を画策しもした。ただ、この会談は、米国側議員の抗議によって実現はしなかった。

外交官という装いは、プレイボーイ、ルビにとって格好のパッケージだった。


しかし、1961年、5月30日、トルフィーヨ将軍が暗殺者の銃弾に倒れる。ルビは、あらゆる努力をするが、1962年、ドミニカの国務省によって外交官の地位を剥奪される。これ以降、ドミニカ政府ならびに、大使館はルビを徹底して無視した。

しかも、外交官特権を失うと同時に、ニューヨーク検察は、1935年、及び1956年の暗殺事件へのルビの関与について、再度、諮問した。(ルビは、その関係を否定している。)


ルビは、オデールの勧めもあり、マルネ ラ コケットの閑静な家で、メモワールを書き始める。
たしかに、ルビのこれまでの人生は、書き残すに値するものだった。色恋沙汰も、ここまで徹底すると、硬い結晶を結び、ひとつの宝石となる。それは、充分、人を魅了する輝きをもっていた。


しかし、ルビが、自身の過去を遡り、文字に刻むとき、私には、それが、プルーストの「失われた時を求めて」の最終篇、「見出された時」の主人公の姿とだぶってみえる。偶然にもサロンに一堂に介した、かつて、あれほど自分の興味を抱かせた人物たちが、皆、年老いて只の偏屈な老人に変わり果てているのをみて、あらためて、失われた「時」というものを認識する。アレは、幻ダッタノカ。イヤ、現実におこったコトだが、通り過ぎた「時」は、いまや実体はなく、歳月とともに、いっそう、あいまいさを残す。その不可思議な感覚。


独裁者直属の「外交官」というパッケージを失っただけでなく、ルビ自身も、もう若くはなかった。プルーストが書いているように、肉体は精神を、ひとつの砦のなかに閉じ込め、やがて、その「砦」は包囲され、ついに、精神は降伏する。


ルビは、オデールと出会って、結婚してからも、女優のキム・ノバックを始め、幾人かの女性たちと交渉があったといわれている。「生きている神話」となった彼を、周りもほおっておかなかっただろう。いくら「外交官」の職を失ったとはいえ、困らないだけの金は残った。


しかし、失われた「時」は戻ってこない。



それから、3年後、「老い」の無残さを見せることもなく、ルビは、何かに仕組まれたように、しかし、いかにも「プレイボーイ=ルビ」にふさわしい最期を迎え、「神話」のまま、ある種の人々の心に残った。









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by rikughi | 2006-05-06 09:18 | 4.プレイボーイ その2