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「私のワードローブから」 3  美しいシャツ その2


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その頃、彼は まだ ハタチ前で、年上の友人の リックと パリに遊びに来ていた。
リックは 優雅なプレイボーイで 優れたポロの選手だった。
          
今日は、ポロの試合も休みだし、年下の彼が パリのテーラーに頼んでいたスーツが,仕立てあがったというので、一緒にテーラーに立ち寄ってから 左岸に出かけて 昼食を摂ろうと いうことになった。
テーラーは、「バーソロミュー」という名で 小さな店だが 腕は確かだった。この店はリックのご推薦の店で、大通りにある ランバン やクリスチャーニほど 豪華ではないが パリでも洒落者が集まる店だった。

店の主人は、顔も体つきも すべてが 丸い造作の 小柄な気の良い人物だった。 
、、、、テーラーというのは、どうして小柄な人が多いのだろう。
ミッドグレーのフラノ地の そのスーツは、シングル合わせの2ボタンで、ごく普通のデザインだったが 着てみると ナルホド 大人の男の 優美なドレープが生まれた。裏地にはパールグレイのシルクサテンが張られていた。
主人は、仕立てのチェックをしながら、年若い顧客にいった 
「ムッシュー、そのシャツはドウモ、、、」
彼が着ていたシャツは、ロンドンで仕立てた お気に入りのストライプのものだった。
「ロンドンでは 良いかもしれませんが、パリでは シルクの無地などに なさったほうが、、、」          

          

「シルクという贅沢」 

のシャツ地というのは、シッカリと目が詰まっていなければならない。そして、適度な厚みがあるのが良い。 これが、着心地を左右する、と思う。

番手が高くても、薄すぎるモノや、フワフワしすぎる(目が甘い)ものは、背広やウエストコートの下で,もたついてしまう。
素肌に沿うように、滑らかに、ドレープして、しかし 柔らかい - そういう生地でつくったシャツは、朝、袖を通したときに、少しヒンヤリと感じて、心地良い目覚めを助けてくれるものだ。

シャツというのは、大概、男が、その日、最初に身につけるものだから、贅沢であって欲しい。

できれば、20匁ぐらいのシルクのツイルなどであれば - 上質のツイルは、独特の品の良さがある。(ツイル、そして 夏のボイルというのは大人の男の定番ですネ。) - その滑らかな包容力で、 今日、一日を優雅な気分にしてくれるだろう。

シャツ、トランクス、ソックスというのは、男にとって肌着だから、ここが贅沢で、気持ちがよくなければ、 いくらスーツに凝ったとしても 片手落ちだし、だいいち、着心地が悪い。  男の「格」とか「品」といったものは、案外、こういうトコロにあるような気がする。


洗濯の手間とか、派手ではないかという偏見もあって、最近は シルクのシャツを着る男を トント 見かけなくなった。しかし、20世紀前半までは、その着心地と、一種のダンデイズムで洒落た男は、シルクを愛用していたものなのです.


d0004856_1401570.jpg 「マストロヤンニのシャツ」

シルクのシャツで思い出すのは、 ストロヤンニの昔の映画で、イタリア版「ドンファン物語」といった作品があった。

そのワンシーンでのコト、、、、、ひと夜を共にした女性が、翌朝、彼のシャツにアイロンをあてている。プレスされたシャツを羽織って、出かけようとするマストロヤンニの背に向かって、女は言う、、「上等のシルクね。」「でも、久しぶりなので、チョット失敗しちゃった。ゴメンナサイね。」、、シャツの背中には、、、アイロンの形をした、大きな黒い焦げアトがあった、、、

、、、映画のストーリーでは、この女性は、ひと夜を共にした男を必ず不幸にスル ヤッカイなヒトだったのだ、、、、
(この作品のなかでの、マストロヤンニのスーツ姿は、イタリア風伊達男を彷彿とさせて、ラテンラバーの面目躍如である。腕の良いテーラーがついていたのだろう。)

男のシャツは、仕立てと共に、生地の良さに左右される。しかし、今や、良い生地に限って、何故か、生産が難しくなる傾向にある。私は、やはり、今は生産中止となった20匁のオフホワイトのシルク生地を、慌てて、巻きで買った。

「六義」のシャツ部門のこともあったので、全世界的に問い合わせを出したけれど、結果は悲惨なものデシタ。男が着るに値する シルクのシャツ生地というのは、いまや 滅び行く恐竜のようなものだ。

或る倉庫で、男っぽい ブルーのシャンブレー 16匁の生地を発見したときは、正直 ウレシカッた。

これは、コットンも同じことで、専門家にいわせると、細番手の良い糸自体が手に入りにくくなったそうだ。先日、200双の生地がなくなったので、イタリアの或るメーカーに注文をだしたところ、在庫がナイという、それでは、織ってくれと頼んでみたが、もう糸が手にはいらないからムリだということだった。

それに、巷間いわれるように、織り機の違いがある。私は、70年代前後のビンテージのシャツ生地を集めているが、いまのモノと比べると、明らかに目の詰まり方が違う。 

コットンの場合は、120-140双ぐらいで、適度なウエイトのあるものが、200双などよりも、かえって男のシャツには適していると思う。シルクと違って高番手になると、どうしても薄く、頼りなく感じる。


この120-140双あたりで、良い生地は、70年代以前のスイス、イタリア、フランスで織られたものだ。特に、この時代、スイスコットンに質、柄ともに素晴らしいものがある。(いまは、壊滅的らしい)
イタリアのモノも良いが(オルタリーナなどの70年代の柄物をもっているが、それはシッカリと目がつまっていて、80-120双だが、まさにシルクのような光沢をみせる)、スイス、フランスのものに、色、柄の組み合わせのアカ抜けている生地が多い。

イタリアの生地は、クリエイテイブなのだが、男のクラッシックを考えると ともすれば、アプローチの方向がモダンすぎることがある(その分 時代とともに 古臭く感じる)、フランスもクリエイテイブなのだが、不思議にクラッシックの範疇に収まる。(つまり、古臭くならない) スイスは 何より 色だしが秀逸で、例えばピンクでも、朱っぽいピンクとか、クラッシックを超えて ウナルものがある。




「シャツはアナトミーである」

ャツは、アナトミー(解剖学的)である。つまり、ジャケットならば、芯地を用いて体型を補正できるが、シャツというのは、全くの一枚の布なので、完全にフィットさせるためには、かなり解剖学的な パターンを必要する という意味だ。

これは、いわゆるフラットテーラリングでは、限界がある。身体のクセを 拾うことができる 立体裁断技術が不可欠となる。

「昔から シャツは フランス式が上等とされてきた」 というのは、昔のパリの シャツ屋は立体裁断をやっていたからだと 思う。(現在、そうしているところは、私が知る限り 残念ながらナイ)これは、クチュールの伝統なのかもしれない.
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パリの大御所のクチュールメゾンで、注文をすると、メゾンは、先ず、その顧客の体型にあわせてトルソー(人体)をつくる。

このトルソーに合わせて、トワレがくまれ、(つまり、パターン=型紙が フラット=机の上 ではなく トルソー=立体のうえで 構築されていく。)チェックされたうえで、仮縫いにまわされる。 顧客が太れば、トルソーも綿で補正され、太ってゆく。

メゾンには、こうしたトルソーが、顧客の死亡通知を受け取るまで保管される。自分のトルソーを保管させるということは、年に数着はオーダーすることを保障する、というコワイ暗黙の了解が、クチュール界には、いまだ 存在すると聞く。 

一着、 外出用のスーツを頼んで、マア 200-300万、刺繍や ビーズワークが施(ほどこ)された イブニングドレスになると 1000万近い請求書が送られてくることもあるソウナ。 それに比べると、男のスーツなんてカワイイものです。

この立体裁断を、男のテーラリングに用いたのが、クリスチャーニというテーラーであった。
クリスチャーニは、非常に優れたテーラーで、60-70年代においてサビルローとは別の意味で、男のスーツのメッカをパリにつくった。

アガ・カーンをはじめとする 世界中の「洒落た」ミリオネーアをはじめ、映画スターなどが、この店に殺到した。ストライプのスーツは、完璧に柄合わせされ、場合によっては、背広フロントのダーツは省略された。立体裁断の特徴を生かして、ダーツをとらなくても、カットとアイロンワークで変幻自在な曲線をうみだすことができたからだ。

クリスチャーニは、ウインザー公のスーツを手がけたショルテイ(厳密にいうと ジャケットだけだが。公は ズボンは ニューヨークの ハリスというテーラーに だしていた。)と同じく 一時代を築いたテーラーであった。 彼のアトリエは、 ピエール・カルダン、フランチェスコ・スマルト、テッド・ラピドス など、後の男性ファッションを 支える多くの逸材を輩出した。
(クリスチャーニは、一度、来日したことがある。)



この項つづく
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copyright 2005 Ryuichi Hanakawa

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by rikughi | 2005-04-07 01:36 | 3.美しいシャツ その弐